心地よい時間とは

Vancouverでの生活もあと2週間

時間を持て余しております。

だから、自分はどうしていると心地よいのかなぁ〜。について。



頭の中がクリアな時。頭の中がすっきりしているとき



これに尽きる。


頭の中がすっきりしているという状態を初めて体験したのは

10日間のヴィパサナ瞑想をした帰りのバスの中。

自分でも驚くほど頭が軽くて、軽すぎて頭がふらふらしていた。


それから、Vancouverに引っ越してなんやかんやしていて、そんな状態とは懸け離れた生活をしていた。

2度目にその体験がおこったのが

クンダリーニヨガの220時間TTCが終わった次の日。


またきた、この感覚。

そのときは

頭ではなくてハートに住んでいるという感覚が強く現れた。

この日から私は住む場所が変わった。

頭に住むことももちろんある。そのときに

あれ。

と気づくようになっている。今、頭に住んでいると。

そして頭を緩めて頭でハートの感覚に戻ることを意識する。


日々の生活の中で

このハートの感覚とつながっている時間が少しずつ、少しずつ増えてきた。

このハートに住んでするが時が心地よい時間だと確信する。


私の生活はなんでも言葉で説明しようとするし、分析して、メモして、とどめておいて、いつか使わなくて、と情報を集めたがるし、蓄えたがる。だからこの感覚の出会ったときには驚いた。言葉がいらない世界だから。


それでやっかいなのが、この世界との関わりかた。

このまま目を閉じて、このハートの世界にこもっていたら心地よいのではないか

それなのにどうして、また目を開いて世界と関わらなくてはいけないのか。世界と関われば、頭の世界につながる。嫌だと感じることだってあるし、苦しくなったりする。なのにどうしてまた目を開くのか。

この問題に光を与えてくれたのが、リストラティブヨガのTTCで出会ったティアン。

ティアンは

「目を開きながら、夕日が沈むその夕日と自分のハートは一体になることができる。」

と断言してくれた。なんの迷いもない。美しい目で。真実を口から語っていた。

その言葉は私を輝かせた。


日々の生活の中で自分と周りを一つにつなぐことができる。それを体験するためにこの世界がある。目を開いたまま肉体を超えてハートと世界をつなぐことができる。そんな状態にいることができるなんてどんなに素晴らしいんだ。どんなに心地よいんだ。世界は美しい。


ここに在る。ただそれだけで美しい。なんの言葉も説明もいらない。ただ在るだけで。心地よい。


lssbosss-one's Ownd

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